リンカンシャーへの旅(5)他にも女がいた?

1905年以降、グレインジャーは300曲以上の古い民謡を採集しました。そして、イギリスのリンカンシャー地方で集めたものから6曲を『リンカンシャーの花束』の原曲にしたのでした。その6曲以外に『ウィリアム・テイラー』という歌が採集されていましたが、『花束』には含まれていません。アイルランドから伝わった民謡で、比較的有名な歌のようです。

ウィリアムと聞いて、このウィリアムは『リスボン』の歌詞に登場するウィリアムと同じなのではないかと直感的に思いました。
13番まである長い歌で、歌詞の内容もかなりの種類がありますが、おおよそ以下の様な内容で歌われています。

これはリッチフィールドにいた愛し合う男女の物語。二人の名前は、ウィリアム・テイラーとサラ・グレイ。ウィリアムはサラとの結婚直前に徴兵され恋人を置き去りにした。

サラは男装し、親の反対を押し切って
恋人を探しに軍隊に入った。ある日、サラが訓練中、ベストのボタンが取れて百合の様に白い乳房があらわになってしまった。

それを目撃した上官から事情を尋ねられ「リッチフィールドから来たウィリアム・テイラーという恋人を探しているのです」とサラは答えた。

「そいつなら知っている」
「ヤツはお前が想っているような男じゃない」
「もう金持ち女と結婚しているよ」
「二人はいつも夜明けに散歩しているので逢えるはずだ」
と上官は教えた。

翌日、サラは夜明け前に起き出して見張っていたところ、ウィリアムが女と楽しそうに歩いているのを目撃した。

そこでサラは、宿舎に銃と剣を取りに帰り、戻ってくるとウィリアムと連れの女を撃ち殺してしまった。

上官はサラに「良くやった」と言い残して立ち去ると、その後、彼女を軍艦の艦長に任命したとさ。

集え、ウェルズやロンドンの若者よ!
若い艦長、本当は哀れな女、こんなお勤めは他にはないぜ!

以上です。ふぅっ。ひどい話しですよね。もしもこの曲が『花束』に入っていたとして、その歌詞を誰かが知り当てたとすると、『リスボン』に登場するウィリアムには、ナンシー以外にも付き合ってた女がいて、挙げ句の果てには、捨てた女に殺されてしまう、というドロドロの情景になってしまいます。

『ウィリアム・テイラー』をグレインジャーが採用しなかった理由が分かったような気になりました。

同時に、イタリアの大作曲家ならば二時間もののオペラに仕立てても良さそうな物語を、五分にも満たない歌にして、名も無き人々が三百年も歌い継いできたイギリスという国の奥深さ改めて知る良い機会になりました。

夕べ、この話しをカミさんと娘たち(普段なら人の話しをろくに聞いちゃいない)にしたら最後まで真剣に聞いていて「ただ小奇麗に吹くのとは全然違うのね」とつぶやいていました。

→つづく